750-オカザキmagazine・Classics 「水問題が要なのだ」

オカザキマガジンでは今までも何度か「水問題」を紹介してきた。

 あるときは食料事情だったりね。


 なにせ日本は、その6割を輸入に頼っている。これは世界の国と仲良く
しなければ国民は飢えてしまうということだし、食料の価格が高騰しても輸
入をストップするわけにはいかないという弱味を持っているという事だ。

 ちなみに穀物以外に畜産品水産品の輸入も世界一だ。
(水産品は2001年の調査で日本の輸入比は23%と世界最大)

 小麦に関しては、その9割が輸入に頼っている現状なのだ。米がどうのと
言ってる場合ではない。

 問題は世界は安定して安い食品を日本に輸出してくれるのか?である。
悲観するわけではないが、国内の生産を増やす努力をしたところで安心でき
るレベルにはならないだろう。

 これはかなり深刻な話だ。

 さて今日は水がテーマである。

 こんな話がある。

 小麦1キロを栽培するには、水を2トンも必要としている。
 小麦1キロにはそれだけの「水」が関与しているわけだ。

 これはバーチャルウォーターという考え方なのだが、そろそろ解禁になる
牛肉で考えると、牛肉を育てるためには大量の飼料としてトウモロコシが
必要になる。そのコーンを育てるためにも大量の「水」が必要となる。

 ある調査では牛肉1キロに必要な「水」は20トンとも言われている。

 20トン。
 なんと大量の水だろう。

 その水は地下水脈から汲み上げられる。

 しかし妙な感じがする。これは変な話だ。

 近所のスーパーで牛肉100グラムは、部位やグレードにもよるが300円も
あれば買える。ということは1キロ3000円。

 20トンの水はコストは何処に付加されているのだろう。

 農地の地価に眠る資源は農地の所有者のモノなのだろうか?

 エコノミーとエコロジーの関係なのだが、これほどに大量に使われたな
水はコストに反映されていない。 

 水は無尽蔵にあるのではない。循環する資源なのだ。自然のサイクルを
無視して使えば水は枯渇せざるえない。

 この過ちを認めるとコストは暴騰する。

 しかし資本主義の競争社会ではギリギリまで見て見ぬふりをする輩が多い
だろう。

 せーので世界が協調しなければ解決への一歩は踏み出せない。

 その決断は簡単ではない。しかし循環が断ち切られた不自然な状況が
砂漠化をどんどん推進していく。

 ギリギリになって困惑するのだろうか。

 飲み水だけの問題でないことをご理解いただけただろうか。

 水は人間の生命線であり地球の生命線だ。自然は無限であり無料であると
いう考え方を見直す時期なのだ。
 
 モノの生産過程を見ても、廃棄されるガスに廃熱に廃油等。
見えない場所に捨てれば隠せばよかった時代ではない。

 自然の循環を守るコストを製品に付加しなければならない。
ただし資本主義は真っ向から対決するだろう。

 安さの影にあたる部分がもう誤魔化しようのないレベルに来ている。

 残り時間はどのくらいあるのだろうか。

 孫の世代に負の遺産といえば言い古された言葉だが、人間は自分の問題で
なければ、痛みがなければ行動できないのだろうか?

 良心や倫理的な考えに基づいた考え方が最優先される世の中でないと無理
なのだろうか?

 想像力の欠如なのだろうか?それとも資本主義の欠陥なのだろうか?

 今できる事はなんなのだろう。

 デイトレードだITバブルだと言ってる場合じゃない。

 

  2008年06月24日   岡崎 太郎