岡崎太郎の第8弾です なんと岡崎撮りおろしのNYの写真が太郎らしい文章で満開 「岡崎太郎のNY旅日記」(河出書房・定価 1500円税別)
「すべてのことは、4人いれば出来る」4人というのは最低4種類の人間が必要なのです。どうい う4種類の人間かというと、「ビートルズ」」で例えてみれば解りやすい。 ジョン・レノンという 「 頭(頭脳・方向性)」 ポール・マッカートニーという 「 顔(広告塔・営業)」 リンゴ・スターという 「 ハート(誰からも愛される)」 ジョージ・ハリスンという 「 ボディ(実行力)」 リンンゴスターみたいな人が一番大事なんです。必要なんです。今、企業はこのリンゴ・スター 的人材をリストテしている。これ間違い。組織というのは、そいつがいただけでほっとする。能力 がないけどやっぱり必要だという人物が必要なのです。リンゴ・スター的人物は、誰からも愛さ れる・いるだけでほっとする役割がある。組織は能力の組み合わせだから、そういう人をほっと させるという能力も必要なんじゃない? 組織というのは、今までやって来た事(過去の遺産)で勝負するのではなく、もう一度0(ゼロ)に から何が楽しいのか、面白いのかということを考えてみる、どうやって自分をゼロに戻せばいい のかを考えてみる。そしてゼロから新しいことを始める。本当にやりたいやつは、何もないところ ゼロからはじめている。もうすでにやっていて、面白そうだからと後から入ってくるやつは、何か あったときに一番最初にやめてしまう人だよね。
これからのメディアは「場」を作ることが重要であって、表現の質は別問題なのです。 1970年代当時のロックがライブハウス(場)の雰囲気をみんなで共有するのが目的であった みたいなところです。活字の世界で言えば同人誌というのは、自分の作品をみてもらいたい人 が集まってくるし、僕がやってきたミニコミ誌というのは、場というメディアが主役なのです。ま ず、メディアがあってそこに書きたいやつが集まってきました。 ミニコミ誌から、「ロッキングオン」に発展し、そして全ページ投稿を載せた雑誌「ポンプ」を1978 年に創刊しました。これからは、いつやったのか、いつ言ったのかが非常に意味を持つことに なると思います。今だったら、たいしたことないけど、78年に「ポンプ」をやったのは意味があり ます。 投稿雑誌を作るというのは、場があってその枠組み(食べ物、ペット、趣味など)に集まった原 稿だけで雑誌をつくります。だから、投稿雑誌では、どうすればこの枠組みに投稿がたくさん 集まってくるのかという仕組みを考えることに専念しなければなりません。 投稿だけで雑誌を一冊作ってみると、 「面白い企画だね。こういうの前からやってみたかったんだよ」といった事を、色んな人から声 をかけられた。なんで、その人達はできなかったかというと 投稿雑誌には、創刊号がつくれな いからなんです。だって載せる投稿がないから。僕がなぜできたかというと、ロッキングオンと いう雑誌の場悪ナンバーを希望してきた読者の人に、バックナンバーと一緒に「こういった参 加型の雑誌がつくりたいから、原稿をください」ってお願いしたんです。そしたらたくさんの投稿 が帰ってきた。前面投稿雑誌の 「ポンプ」を創刊するときには、3号を発行するまで、1通も投 稿が来なくてこ発行できるほどの、投稿が僕の元にあったわけです。 そして前のつきの投稿を元に、新しい投稿がやって来る。 「じゃがいもの料理」という普通の原稿があって、この原稿に対して、「ほかにもこんな料理が ある」「もっとおいしいジャガイモがある」つまり、参加型のメディアのコンテンツ(中身)は全て レスポンス(反応)なんです。そうして連続性が生まれる。 枠組みの編集者は、はじめはイメージするコミュニティーの良質な核をつくらなければいけませ ん。しかもこの核になるものは本物じゃないといけない。へんなものを核にしてしまうと、へんな 怪しいコミュニティーができてしまう。本物を手に入れる。本物を作るにはネットワークが必要な のです。ひとり、ふたりで書いてたんじゃダメなんです。いろんな人がいないといけないんです。 だから参加型のメディアを作るには、良質な核に「偉い先生」をつれてくるのではなくて、タネに なる人をつれてくる。ただ単に原稿を用意する。この作業が参加型のデザインをするという事。 旧来型の出版社の人達は、自分たちが編集しているから、参加型の場という空間で行われて いる投稿のやり取りを編集してしまう。参加型の空間は参加者にまかせていいのに、出版者側 が自分たちで全部描いてしまう。だったら、ネットワークに入ってくる必要なんてなくて、自分達 で表現すればいいのに。 投稿雑誌をやっていて本質的な問題が生じてきた。投稿がたくさんあつまってきて当然ボツも たくさん出てくる。そうすると「なぜおれのはボツなんだ」「どういう意図で投稿を採用しているの か」といった意見が出てくる。どうしたらいいのか考えて、2つの方向性が見えてきた。 1つは、これは紙媒体の限界であること。これ以上ページを増やしてもしょうがない。今後はこ の問題を解決してくれる技術が発達するから、今からその準備をしておこうと。今で言う、コン ピューターが開発され、そしてインターネットの存在である。 2つめは、まったく逆のことを考えていた。 ○月○日○時にどこそこに集まって、○○の討論会をしましょう。そしてそこに集まった人達 が投稿する、時間と空間を制限して投稿してもらう。これを3年間で2000回やりました。 いわゆるオフ会ですね。つまりデジタル化とアナログ化の2つの方向性が追求したわけです。
これは、個と個が直接(ダイレクト)につながる。少年が大好きなミステリー作家のサイトを見 つけてアクセスした。その作家と仲良くなり、作家が次にだす作品について話題で盛り上がり 日本で販売する権利を、少年のことを気にいったので、「おまえにやる。代理店だろうが自分 で出版しようが好きにしていいよ」といって版権をもらってしまった。 以前だと、作家が本を出すときは、出版社を頼らないといけなかった。 携帯電話でも同じことが言えます。以前は彼氏があの序に電話をするときには、彼女の家を 通して彼女に繋がる。だから親父さんが出るかもしれないので、びくびくしながら電話していた。 しかし、携帯というのは、個人と個人がダイレクトに直接つながっちゃう。 これがインターネット的な状況です。新しい環境です。組織とか家とかを通過しないので存在 があまり関係なくなる。 組織のA氏ではなく、A氏がどこそこに所属している。つまりA氏が主体になります。A氏は組 織の看板を背負っているだけで、B記者がC作家と仲良くなるといった。主体同士が結びつく ことになります。 近代ビジネスの原点は、A地点からB地点へモノを運ぶ。生産地があって消費地へ運ぶ、欲し い 人にモノを作って運ぶ。必要な人に運ぶ。情報を持っている人が、もっていない人に教える。 全て、あるところからないところへ移動されることがビジネスの原点なのです。つまりつなげる 事が、ビジネスなのです。もっと言うと、人はバラバラだったんで成立する話。 インターネットの初期のモデルがなぜみんな崩壊したのか。インターネットのビジネスモデル というものがなぜなくなったのか。それは、近代ビジネスのつなげるということをそっくりその ままインターネットに置き換えようとした。電子市場にしても、教育にしてもいまやっているつな げることの利権を、インターネットに置き換えようとした。つまり、権利をデジタル化するという事 が新しいビジネスと思った。しかし、デジタル化するのとネットワーク化sるのは違う。ネットワー ク化においては、つなげていることが前提なのです。以前ではつなげることが目的でした。 だから、A地点とB地点をつなげることをネットで行っている会社は、がんばればがんばる程、 自分達がいらなくなってしまう。直接繋がってしまえば、必要ないんだから。つなげることは意味 がない。もうすでに繋がっているのだから。僕がインターネットが儲からないといったのは、つな げることをそのままインタネットに持ってくることがビジネスになると言っていたので、それでは 儲からないんだよと言いたかったのです。 いわゆる「中抜け」という事です。 今度出版する本では、この「中抜け」というのに対して、つまり「中入れ」ということを書きます。 旅行にたとえて話をしましょう。Aにはホテルや航空会社があたり、Bはユーザーで、その中間 には旅行代理店が存在しあmす。ユーザーが旅行代理店に行くときには、ある程度予算や目 的地を決めて旅行代理店に行きます。つまり相談ではなくて、指示を受けにいくわけです。 だから僕が考えているのは、旅行代理店とユーザーの間に、ユーザーの側を向いた旅行の 相談を受けるコミュニティーをつくろうと思っています。そこで、旅行に関する相談やら意見交 換して、オフ会という形で旅行する。このコミュニティでビジネスをしていこうと考えています。 今までのA側の代理店は、機能しか残らなくて、B側の代理店が必要になってくる。インターネ ットで繋がったことによって情報が自由に手に入るようになったのが、あふれるほどの情報の 中から、B側にたって最適な選択をする代理店が必要なのです。B側が欲しいモノ・必要なもの を探してくるのが代理店の役目です。 これが「中入れ」という考えです。 ダイレクトの社会とはどういうことか。政治の世界では、現在では有権者が直接国会にいけな いからせ維持化に行ってもらっているわけです。政治家が代理して行っているのが、現在の 民主主義なのです。ダイレクトの社会では、この代理として政治家がいらなくなっている、有権 者がさまざまな案件について投票することができるからです。 税金にしても、今は一回国にとられて、そこあら配分している。参加型税金システムを言って いて、これは100万円税金を払うとするなら、その100万円の税金支払いを自分が選ぶ。 防衛費に10万。教育に20万という風に。この結果防衛費がなくなってしまったら、これが国民 の意思だからしょうがない。これからのネット社会はどうなっていくのか? ネットという社会で商品を売ったりするネット上の営業マンがでてくる。今みたいに、お客さんが 待っているじゃなくて、単にメールマガジンを送ったりするのでなくて、違う形でアプローチでき る仕組みが出来るはずです。そのときはネット上で交換をもたれる方法とか、アプローチ法が あるはずです。 パソコン=インターネットという風に考えている人が多いが、多分インターネットの大きな市場 というのはパソコンの中にはないのではと考えています。特に携帯というネットワークが面白い 事を発見しました。パソコンのコミュニティになかったコミュニティで携帯の中でしかないコミュ ニティが存在しているものがあります。それは、暴走族のコミュニティなのです。これは新しい 文化なのです。